無制限

天気は思わしくない空模様。小雨ちらつく閉口の天気。
傘を差すのも片手が塞がり煩わしいので、早足で雨の中突き進み続けた。眼鏡のレンズが汚れようと、髪が張り付こうとも。
水滴がレンズを覆い、それ越しの視界は、ひしゃげた写真のようだった。歪んでいる歪んでいる。
だが、目に映るものがいくら奇怪だろうとも、己の脳は焼き付いている既知の景色を見せてくれる。それで問題は無い。
実際に歪んだ地でも足を置けている。何も心配はない。人は全てを認識していられない。
ただ気になるのは、目隠しをされて未だ訪れた事がなく、見たこともない土地に連れて行かれ、レンズが水で滲んだ眼鏡をかけて歩けといわれたら、真っ直ぐには歩けないと思う。
なぜなら、そのとき目に飛び込んできた歪んだ景色が、紛れも無い真だからだ。障害物に阻まれる事なく、真っ直ぐ歩くための真はそれだけ。
一枚の壁の向こう側も知りえない。
ありきたりな言葉の羅列は何処へ導く。
かけ蕎麦を作るとき、沸騰した湯にめんつゆを試しに一滴だけ垂らす。すると、おどろおどろしいとも、おぞましいとも、何とも形容できない様子で、無色を黒へ色づける。これがカオス。混沌。
人の心は、たった一滴のめんつゆで変わるだらうか。

アホアホな文章はここまで!
 
オレは、めんつゆの黒でなく、無色の水によって色の混ざり合いを見たんです。
太陽が照っても、曇っていても、景色の色は変わります。
それで今日は、視覚で街の様相が変わることを気づいたわけでした。
モノクロやセピアの写真も面白いかもw